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近年、働く人々の心の病や自殺に関して情報が氾濫しています。ほとんどの情報で心の病や自殺が増えているといわれています。
 では、なぜ増えているのかという問題に対してもいろいろな見解が示されています。作業の負担が増加した、仕事の内容が変わった、日本人のストレス耐性が弱くなったなど様々な立場の人が様々な考えを述べています。複雑な問題なので、科学的なデータから単純に割り切ることが難しいテーマかと思います。
 作業時間に関していえば、たしかに長時間労働は当たり前ですし、サービス業が発展したり、海外とのやりとりが増えて、勤務時間が不規則となる人も多いようです。しかし、かつての高度成長時代も日本人は世界でトップクラスの労働量を誇っていました。何も最近急に労働量が増えたわけでもなさそうです。
 仕事の質に関しては、近年大きな変化が起きたように思います。コンピュータの普及により、短い時間で仕事はたくさんできるようになりましたが、逆に仕事量が増えて、働く人たちの負担は増える結果となりました。また、サービス業が増加したり、プロジェクトの導入により、人との交渉が以前より重要となりました。このため本人が仕事を進めたくても、他人と意見が合わず仕事が進まないという話もよく聞くようになりました。
 最近の仕事の特色として、長く続く経済の停滞から、労働者が一生懸命に仕事をしても所得が増えないことがあげられます。むしろ給料が下がったり、リストラされたりすることも珍しくありません。高度成長時代なら、人々は仕事がいやでも我慢すれば生活が豊かになると信じることができました。今では経済的に豊かになることが期待できず、今の生活水準を守るために仕事をしている人が多いのではないでしょうか?
 さらに最近は作業管理も進歩しています。20世紀の社会主義国家が崩壊した要因のひとつに「社会的手抜き」という現象があります。国営の大規模な工場では、一人ひとりの労働者はついつい作業で手を抜きがちになり、この結果工場では事前に予定された生産が出来なくなるというものです。人間は集団の中にいると無意識のうちに手抜きをすることは社会心理学の実験で証明されています。
 社会的手抜きに対処するために、近年労務管理も進歩しました。各労働者の業務内容と責任を明確化し、営業なら本人の売り上げがその日のうちにわかるように、短期で労働の成果が把握できるようになりました。この結果、労働者は手抜きがしにくくなり、負担がふえることになりました。
 このように、うえからの管理が厳しく、作業の密度も濃いうえに、人間関係など個人の思うようにならない要素も増えたのが現在の業務の特色と思われます。そのうえ、業務がうまくいったときのごほうびも少ないわけです。
 これでは我々がお金のためだけで仕事をするならば、とても続けられない状況でしょう。  現代は我々が働く意味を失いやすい時代です。しかし現実には、我々は働き続けています。我々は何のために働くのでしょうか。
 最近このような疑問に答えるよい本を見つけました。「悩む力」(姜尚中著 集英社新書)という本です。この本の中に何のために「働く」のかという章があります。そこではワーキングプアに関するNHKのテレビ番組が紹介されていました。
 番組に登場するワーキングプアの男性は、公園に寝泊りし、ゴミ箱から週刊誌などを拾って売りながら生活していましたが、あるときから市役所から月に数日道路の清掃をする仕事をもらいました。働き出してから彼は、働いている時に他人から声をかけられたことをきっかけとして、涙が出るなど人間としての感情を取り戻したというのです。
 このことから、人が働くという行為の一番元になる部分には「社会の中で(いい意味で」自分存在が認められる」ことにあるのではないか。つまり人が何のために働くかといえば、まず人が社会の中でお互いに存在を認め合うためということが出来るでしょう。その仕事が本人にとってやりがいのあるものかどうかとか、自分の夢を実現するものなのかというのは、その次の問題だというのです。
 この本を読んでいて、私は感動すると同時に、精神分析の人間観を思い出しました。昔フロイトの考え方で大切なキーワードは「ドライブ」と「オブジェクト」だと習ったことがあります。つまり精神分析では人間が本能的に持っているものとして心のエネルギーと他人と関わりあう欲求に注目することが大切だと主張しています。ここでいう「オブジェクト」とは、簡単に言えば他人の存在です。人は本能的に他者と関わり合い、他者から認められることを求めるということです。これまでの議論と全く同じ結論ですね。
 仕事は生活をするために、やらねばならないことかもしれません。また、仕事を通して自分の夢を実現することも大切です。しかしそれ以上に、仕事を行うことを通して、我々は他人と交流し、お互いを承認し支えあうことが大切なのではないでしょうか。